かけはし No.313
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- 8 - 今、雇用の現場で起きていること(その29)持続可能な雇用社会(2) 法学研究科 和田肇はじめに 今後の雇用・雇用社会のあり方を考える場合に、いくつかの重要なキーワードがある。「厚い中間層」、「社会的包摂」、「質の高い雇用」、「平等と適正処遇」、「ディーセント・ワーク」等が考えられる。今まで連載で述べてきたのは、時の、とりわけ一九九〇年代以降の政府の雇用政策が、これらとは逆方向を向いており、その結果として雇用が破壊させられてしまっているということであった。一 質の高い雇用 日本のように資源がない国では人的資源こそが大事だと言われてきたし、今でもそうであろう。質の高い人的資源とは、言うまでもなく技能が高く熟練に裏付けされた労働力を指す。典型は、小関智弘が描いている下町の町工場の労働者である(『粋な旋盤工』、『春は鉄までが匂った』など)。 長年の経験の蓄積から生まれるこうした人材形成は、IT化、情報化、雇用の流動化が求められる今日の雇用環境では難しいとも言われる。しかし、そうだろうか。若者を単なる使い捨ての労働力としか見ずに、企業内での熟練形成に情熱を示さない経営で、本当に付加価値の高い物が作れるのであろうか。あるいは日本の将来を担う人材が育成できるのであろうか。 一九九〇年代以降の雇用政策を見ると、企業が自らの教育訓練機能を放棄するだけでなく、国も民間委託という名の下で公的な職業訓練機関を廃止してきた。労働者派遣に典型的に見られるような、安定した雇用ではなく、雇用の調整弁であり、安い労働力である非正規雇用を生み出す政策を採ってきた。女性の活用と言いながら、女性が集中しているこうした雇用を改善しようとはしてこなかった。主婦や学生が主たる担い手であった時代のパートタイム労働の最低賃金を、家計の主たる稼ぎ手が担うようになっていながら、それに見合ったアップをサボってきた。 以上のことを考えると、公的な職業訓練制度を復活、改善することが難しくても、長期的な視点で職業訓練を行っている企業をサポートするシステム、最低賃金を全国統一にし、早急に最低でも千円にアップすること、地域の賃金相場に大きな影響を与えている公的部門(直接任用だけでなく指定管理者や民間委託の下でも)での最低賃金補償をする仕組みを作ること、非正規雇用の質的改善を図ることなどが必要である。 二 平等と適正処遇 日本の雇用平等は、労働基準法三条や労働組合法七条を中心に差別との闘いから始まった。思想差別、女性差別、組合差別等に対する人権闘争がそれであり、これらは、憲法一四条の法の下の平等の実現という意味だけでなく、憲法一三条の個人の尊厳を確保する闘いでもあった。一九七〇年代までに多くの裁判があり、判例法理が形成された。 しかし、雇用社会での差別は、後を絶つことを知らずに、常に再生産される。女性差別は、マタニティ・ハラスメントといった形で、あるいは非正規雇用の差別といった形で現れ、そして障害者差別、あるいは在日韓国・朝鮮・中国人らに対する社会的差別(ヘイトスピーチなど)が顕在化する。 労働力を適正に評価することは、使用者の義務である。労働条件の対等決定原則から考えると、そもそも使用者には一方的な査定権・評価権があるかも疑問である。不適正な評価は、個人の尊厳を傷つけることにもなる。こうした価値観が日本では十分に醸成されないできた。 しかし、時代は変わってきている。パートタイム労働者の適正処遇(パート労働法八条以下)、有期雇用労働者の適正処遇(労働契約法二〇条)、派遣労働者の適正処遇(労働者派遣法三〇条の二)が、法律上の根拠を持つようになっている。こうした法律には、非正規雇用の正規雇用化に

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