かけはし No.309
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- 9 -- 9 -ここにはワーク・ライフ・バランスを重視する労働者を尊重しようとする発想ではなく、それを邪魔者扱い、あるいは二級の労働者扱いをしようとする企業の姿勢が透けて見える。三 正社員の中の二極化 │新たな差別の形態 一九九〇年代以降の雇用政策が生み出したのは、生活スタイルや労働者意識の多様化という美名の下での雇用の二極化であった。つまり、一方では、確かに相対的には雇用が保護されてはいるが、その代わりに残業を厭わず、年休も取らず、不承不承ながら単身赴任もする労働者の存在である。こうした労働者の中には、三〇代から四〇代の働き盛りの層で、過労死予備軍といわれる者たちが二割強存在している。他方では、有期雇用、パート雇用、労働者派遣という非正規雇用が急増している(約三五%)。この中にはワーキングプア層が、若年労働者のところで増加している。 ところが今度は、正社員層がさらに二分化されようとしている。従来の猛烈型正社員とワーク・ライフ・バランス型正社員である。後者のタイプにはおそらく女性労働者が集中するであろう。そうすると、これまで克服されてきた男性職と女性職という分類、あるいは総合職と一般職という性差別の分類が、形を変えて再現する可能性がある。 多くの女性労働者や私も含む労働法学者が一九八〇年代から求めてきたのは、それとは異なる、「働き方のジェンダー化」であった。それは、当時の女性労働者にあった時間外労働規制や深夜業規制を男性にも適用する、そうすることによって女性にとっても働きやすい環境を作ることができ、ひいては男性にとっても働きやすい環境ができる、という主張であった。それは今の言葉で表現すれば、ディーセント・ワークの実現であったといっても良い。こうした働き方は、「ソーシャル・ヨーロッパ」(社会的ヨーロッパ)において既に実現しているものでもある。 今再びそうした働き方を描いてみる必要があるのではないか。四 解雇の金銭解決制度? 解雇に関してもう一つ主張されているのが、これまでにも度々出てきた解雇の金銭解決制度の導入である。 解雇が無効とされた場合、労働契約は切れることなく存続することになる。その結果、解雇された労働者は再び職場に戻れる。しかし、実際には、解雇紛争の解決までに長時間を要したり、使用者がどうしても労働者を戻さないとがんばったり、あるいは職場の雰囲気が変わってしまい戻れないケースが出てくる。こうした場合には、当事者間で話し合いをして使用者が和解金を支払い金銭解決をすることが、しばしば行われる。実は統計上は職場復帰できないケースの方が多い。そこでこのことを制度化しようとする主張が出てくる。 この制度の大きな特徴は、使用者の側からの提案で職場に戻すのではなく、金銭解決をするところにある。それは、合理性のない解雇をした使用者が、とにかくお金を払えば、労働者を排除できてしまうことを意味する。そしてまさにこの点で、使用者のモラル・ハザードを招くとして、労働者、労働組合のみならず多くの労働法学者も反対している。 それに対して、現実にはそうした解決がなされているのだから、制度化することに意義があるし、とりわけ裁判を起こすことが困難な中小企業の労働者にとっては有益な制度であるとして、制度の導入に賛成する学者もいる。もちろん使用者は、解雇紛争というやっかいな問題にできるだけ巻き込まれたくないから、制度の導入を推し進めたい。こうした制度を設けている国がいくつかあることも(ドイツやスウェーデンなど)、論拠となっている。 こうした事情は分からないではないが、それでもやはり制度導入には賛成できない。それは、金銭を支払いさえすれば、使用者が気に入らない労働者を排除できる制度となりかねないからである。違法な解雇の場合には職場に復帰できる、という原則を維持することはやはり大切である。これは、規範的な紛争解決という課題でもある。 追記:最近この問題について法律時報六月号に「アベノミクスと雇用改革」というテーマで書いたので、関心がある方には読んで頂きたい。

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