「沖縄は、まだ平和ではない。」今回初めて沖縄を訪れてこう思った。終戦から六十年たった今でも、沖縄の人々は本土の人々が考える以上に苦しんでいる。
私が今回訪れるまで抱いていた沖縄のイメージは、綺麗なリゾート地であること、それと、小学校の時に担任の先生から聞いた「ちょっと行ったらすぐ基地がある。」ということだった。実際訪れてみると、海はそこそこ綺麗だったし、宿舎から二百メートルくらい行ったところに「KEEP OUT」と書かれた看板が掲げられたフェンスがあった。
今回のPeace Now! Okinawaで、一番印象に残っているのは基地問題である。昨年起きた沖縄国際大学での米軍ヘリ墜落事故の現場へ行ったり、高台から普天間基地を眺めたりした。そこで見たものは、市民の生活と戦争が隣り合わせに存在する沖縄の現実であった。私は沖縄へ行くまで平和活動について、「自分の身近なところに平和に向けてできることがある。」と考えていた。確かにそれは間違いないことなのかもしれないが、あまりに身近に平和を脅かすものがあるこの沖縄の姿に、私は衝撃を受けた。やはり現場へ行って初めて得られる実感というものがあるのだと思った。
現場で得られる実感といえば、ガマ(壕)などの戦跡も印象的であった。今回のPeace Now!で私は、糸数のアブチラガマと伊江島のアハシャガマを訪ねたが、そこに入ると六十年前その場で人々がどのような思いで苦しんでいたかが分かるような気がした。本当にアブチラガマの中は真っ暗で、私は泣きそうになったが、よくこんな所に隠れていることができたと思う。こんな所でも他の場所より安全であったという当時の状況が悲しいと思った。話によると、そこで殺された人々は、アメリカ兵ではなく、「お国のため」と叫ぶ日本兵に殺されたのだそうだ。私は、日本兵が本当に守りたかったのは一体何だったのかと、この矛盾した結果に憤りを感じた。これも現場を見てそこで話を聞いて初めて分かることなのだと思う。
以上のように、私は「現場を訪れること」が平和を実現する上で非常に大切なことであると感じた。これまでの文章の中で何度か「沖縄は…」という表現を用いたが、これではどこか他人事のような感じがする。多少距離が遠いとはいえ同じ日本という国の中での実情なのだから、もっと身近な問題として考える必要がある。しかし、全ての人々に沖縄へ行けと言うわけにはいかない。まず同じ世代を生きる人々、そして後世の人々にこの沖縄での苦しみを伝えていく必要があるし、伝えることはPeace Now!の参加者としての義務である。私にできることは、とりあえず機関誌に平和に関する記事を掲載することくらいしか思いつかないが、とにかく“想い”を込めて形に残すことが重要である。
まだまだ沖縄で戦争は続いている。米軍から土地を取り戻すための非暴力の闘いは各地で行われているし、戦争から生き残った人々は、生き残ったからそれで良かったのではなく、精神的な苦しみが未だに消えていない。それでも人間に寿命がある限り、沖縄戦が過去のものになってしまうのは防げない。しかし、何か形に残すことで風化は防げるのではないか、と思う。 |